未来の価値 第50話 |
ユーフェミアの騎士宣言の翌日、ルルーシュの執務室にスザクはいた。 本当ならあの日の内に話をしたかったが、話をするなら一晩休んで落ち着いてからにしなさいとクロヴィスに言われたのだ。頭に血が昇った状態ではいい結果は生まれないだろうからと。この件は、先に伝えておくと。 だから、言われた通り朝まで待って、ここに来たのだ。 まだ朝の6時を過ぎたばかりだというのに、ルルーシュは既に執務室で仕事を始めていた。いや、ルルーシュだけではなく、今日は何故かC.C.もいて、黄色いぬいぐるみを抱きかかえながらソファーに寝転がっていた。 彼女はナナリーの護衛として、彼女の傍にいるはずなのだが、何故ここに?いや、今までもきっと定期連絡かなにかでここに来ていたのだろう。平日のこの時間にスザクが来ること自体が初めてなのだから、彼女がいるのがおかしいかどうか判断はできない。 出来る事なら、二人きりで話しをしたかったが、彼女は何を言っても動かないだろうし、ルルーシュも書類を捌く手を止めないだろう。 「どうしたスザク、難しい顔をして」 こちらに一瞬だけ視線を向けたルルーシュは、そう尋ねてきた。その手は止まることなく、その目もすぐに書類へと戻される。休むことなく動く手に、大事な話なのに、片手間に相手をするつもりかと怒りを感じるが、今は感情を出来るだけ抑え、ちゃんと話をしなければならない。何のために翌日まで待ったのか、解らなくなってしまう。 あんな話のあと眠ることなど出来なかったのに、興奮しているせいか眼は冴え、頭も恐ろしいほど澄んでいた。 「ルルーシュ、話があるんだ」 「だろうな。お前がこの時間に来るのだから、何か大事な話があるんだとは思っていた。それで、どうした?」 どうした? どうしたじゃないだろう!と怒鳴りたい衝動を抑える。 駄目だ、自分はどうしてかルルーシュに対しては短気になってしまう。 「・・・君は、昨日の放送をみたのか?」 「昨日の?ユーフェミアのか?」 クロヴィスから話が行っているのだから当然ではあるが、ルルーシュも知っていた事が、より胸を締め付けた。あれを見ても尚、ルルーシュはこんな態度なのか、今、僕は君ではなく彼女の騎士になりそうだというのに。まるで無関心そのものの態度に、昨日から押えていた怒りがふつふつと湧き出してきていた。 スザクからの返事がないのでチラリと視線を向けると、眉を寄せ、いかにも不機嫌ですという顔でスザクが睨んでいた。ああ、これ以上雑に扱うと面倒になりそうだと観念し、ルルーシュはペンを置いた。 ルルーシュが話を聞く体制になった事で少し怒りが収まり、スザクは一度深呼吸をしてから話しだした。 「昨日、ユーフェミア様が、僕を騎士にと発表された事は知っていると思うんだけど」 だんだんしりすぼみになりながらスザクは言った。 もしスザクが犬なら、間違いなく耳は垂れさがり、主人の様子を伺う子犬のようになっていただろうなと、C.C.はスザクの背を見ながら欠伸をした。 「ああ。報道陣の前で、スザクを自分の騎士だと言っていたな。よかったじゃないか、これでお前はブリタニア皇族の騎士だ。おめでとう」 「ルルーシュ、ふざけないでよ」 「ふざけてなどいない。事実を言ったまでだ」 「ねえ、怒ってるの?でも、濡れ衣だよ!僕だってびっくりしたんだから!」 「そうなのか?だが、これは喜ぶべき事だろう?お前、ずっと騎士になりたかったんだから、これで夢がかなったじゃないか」 あまりにも意地悪な物言いに、スザクは眉を寄せた。 「僕は、君の騎士になりたいんだけど?」 「俺は、お前の主人になるつもりはないと言っていたが?」 いつもと変わらない拒絶に、みるみる間にスザクの目はつり上がっていった。 「君は、僕が他の皇族の騎士になってもいいの?」 もしこれが決まれば、スザクはユーフェミアのものとなる。今のようにルルーシュの元に来る事も出来なくなるだろう。騎士として自分には魅力はないのかもしれない。だけど、睡眠の助けにはなっていたはずだ。もし、この話が決定してしまえば、心休まる時間を作れなくなり、以前のように体が悲鳴を上げ始めるだろう。 それを、ルルーシュも理解しているはずだ。 だから、ルルーシュは自分の体とナナリーを護るための力を維持するためにスザクを手放せない。その思いがあったからこそ、スザクは今回の件でルルーシュが手を回し、ルルーシュの騎士になるかはともかく、この話自体は無くなると考えていた。 クロヴィスも、スザクの意思でないのなら、ルルーシュの騎士になるべきだと言ってくれ、ユーフェミアの事もどうにか手を回すと言ってくれた。ただ、ルルーシュの協力がなければ難しいとも言っていた。それなのに、当のルルーシュはスザクの騎士就任を喜ぶ言葉しか口にせず、騎士にする事も今だ拒み続けるなんて。 「俺の騎士になるよりも、ユーフェミアの騎士になる方がお前のためだ」 「どうしてさ!」 「彼女の母は、力のある貴族だ。そして姉は、コーネリア。彼女が男であったなら、間違いなく皇位継承権争いはオデュッセウス、シュナイゼル、コーネリアの三つ巴になるといわれるほどで、皇帝とならなくても将来はブリタニア軍の最高位につくだろう。そんな人物が寵愛しているユーフェミアの騎士だ。誰もが喉から手が出るほど欲している座をお前は手に入れたんだ。これを喜ばずに何を喜ぶんだ?」 さも当たり前のようにいうルルーシュに、堪忍袋の尾は切れた。 「何度も何度も言うけどさ、俺は!お前の騎士になりたいんだ!」 「・・・おまえ、一人称」 「煩い、黙れ!いいか、ルルーシュ。俺は、お前とナナリーを護りたい。だから、お前の傍にいられる地位が欲しいんだ!誰にも何も言われることなく、傍にいるための地位が!それが、専任騎士なんだ!それなのに、突然他の皇族の騎士にされて、俺が喜んでいると本気で思っているのか!?」 子供の頃のような、乱暴な口調でスザクは怒鳴った。 大人しくなったスザクは、最初違和感だらけだった。だが、こうして以前と変わらないスザクを見て、ああ、いつものスザクは自分を押し殺して生きているんだなと、思った。自分を殺し、真面目で従順で、口答えなどしないスザクを演じているだけで、その内側にはあの頃のままのスザクがいた事は、嬉しくもあり、悲しくもあった。 スザクの言い分も、気持ちも解る。 特に今回の件は、スザクの性格上許せるものではないだろう。 スザクは、結果ではなく過程を気にする。 その過程が正しくなければ、結果に意味がないとまで言い切るほどだ。 だから、ずっと騎士にと願い願われる関係になるため日々努力をしていたのだ。 主となるルルーシュの説得をし、自分には騎士として十分な力がある事を示し、性格にも問題はないと周囲にアピールし続けていた。 ルルーシュの騎士となるゴールを目指し、たゆまぬ努力を続けていた。 だが、ユーフェミアはそのような努力も、スザクとの関係を築く事もせず、マスコミの前で宣言するという荒業を用い、ゴールを手にした。この瞬間に、スザクの努力は泡と消えたのだ。 たった一本だけ存在するゴールの旗を、どうしてもルルーシュに振ってもらいたいと、努力し、説得していたスザクのいない場所で、ユーフェミアがゴールの旗を手にとり、報道陣の前で振りかざしたのだ。 それを、正しい方法とは言わないだろう。 「確かに、正規の方法ではない。何より、シュナイゼルの部下を、勝手に自分のものにしてしまった。今回のユーフェミアの発言は、問題しかない」 「それなら!」 「だが、それでも今回の話は受けるべきだ」 「どうしてだよ!俺が、お前の騎士になりたいって事は皆知ってるんだから、今更彼女の所に行くのもおかしいだろ!現にクロヴィス殿下には、ユフィにも色目を使ってたと思われて、呼び出されたんだぞ!」 「そうだな、それが悩みの種なんだ。お前が二人の皇族に擦り寄っていたのだと、政庁内でも噂になっていて、お前への風当たりが強くなっている」 「そこまで解っててどうして!」 「先ほども言ったが、ユーフェミアはコーネリアの妹で、貴族を母に持つ。つまり、皇族の中でもそれなりの地位にいるんだ」 本人の力ではなく、母と姉の力ではあるが、生まれ持っての力もブリタニアでは重要視される。 「ルルーシュの方が継承権は上だろ!」 コーネリアとも1つしか違わない。十分に力のある皇族なのだ。 「俺は異端だ。本来、17位だった俺が5位になること自体がおかしいんだ」 「君の力が認められたんだからいいじゃないか」 「分かっていないのか?つまりだ、俺がミスをするか皇帝の気まぐれで、元の18位、あるいはそれより下に成る可能性が高いという事だ。俺だけは、継承権などあってないようなものなんだよ」 継承権の高い者が死亡したり、権利をはく奪されたり、あるいは罪を犯した場合は順位は変動する。その分繰り上がるのだ。だが、それだけ。ルルーシュに関して言えば皇帝の気まぐれで5位になっただけで、いつ覆されるか解らない不安定な立場なのだ。 「何度でも言おう、俺の意思は変わらない。お前は、俺の騎士にはしない。以上だ、他に話がないなら出て行け。仕事の邪魔だ」 冷たく言い放ったルルーシュの瞳は冷たく、頑固者のルルーシュに対しこれ以上今何を言っても無駄だと判断したスザクは、「またくる!」と、部屋を後にした。 |